コミュニケーション媒体としての本

本から、出版という営利行為をはぎ取ると、残るのは特殊なコミュニケーション媒体としての機能です。コミュニケーションとは、複数の主体の間で、ある主体の意志、思想、情報、感情、観念、あるいはそれらの複合体としての創作など(単純にコンテンツと呼ぶときがある)を他者に伝えることに他なりません。

本は、日本語的にはすぐに冊子本を思い浮かべてしまうので、もっと一般的な概念を書物と読んでおきます。この書物の歴史がいつ始まったか、どのような形で始まったかについては、いろいろ議論があるかもしれません。しかし、書物がコミュニケーション媒体でなかったときは、ないと思います。書物は、ある人、ある集団が、他の人あるいは人々に何かを伝えるためのコミュニケーション媒体であり続けてきたといえるでしょう。

この章の最初のところで述べたように、原始的書物は人間そのものだったという議論があります。人間書物です。文字がない時代に、あるまとまったコンテンツを他者に伝える作業を永続化する手段の役割を人が果たしたと言うわけです。

あるコンテンツ、それはわれわれの日常会話のように、語るたびに異なるものではなく、固定した、まとまりのあるコンテンツを多くの人々に伝える手段が書物でした。それは時に神話かもしれない、民族の始まりを語るものだったかもしれない、歴史を語るものだったかもしれない、生業の方法を、世界の有様を示すものだったかもしれない、なにしろ一定の普遍性を帯びたコンテンツを他者に伝える手段が書物だったと考えられ、したがって、それはコミュニケーション媒体だったのです。